head_img

カウンセラープロフィール

みなさま、はじめまして
栃木県のアダルトチルドレン(AC)・うつ克服カウンセラー 須藤 勝則です

カウンセリングを受ける上で、カウンセラーがどんな人か、分からないと不安ですよね?
ここで少し、自己紹介をさせて頂きます

アダルトチルドレン(AC)・うつ克服カウンセラー
須藤 勝則

1965年 神奈川県茅ケ崎市生まれ。 小学2年の夏に栃木県宇都宮市へ。
生まれつき爪の奇形があり、都内の病院への通院が成人後まで続く。

1995年 仕事中に倒れ緊急入院。 精密検査をするも特に異常なしとの診断。
※まだこの時点ではココロに問題があるとは気付いていなかった。

1996年 「アダルトチルドレン」という言葉を知り、自分でもそれを自覚する。
アダルトチルドレンを取り上げたHP「Open Your Heart」を立ち上げ、同じような悩みを持った方々とメール等での交流を始める (現在、ホームページは一部コンテンツを残しています)

その後このHPはTV(NHK教育)、新聞、雑誌等で取り上げられ、私自身も取材を受けるなど「アダルトチルドレン」が一時的な話題となる。

1997年 心理カウンセリングの重要性を感じ、(一社)全日本カウンセリング協議会にて学び始める。
2000年 (一社)全日本カウンセリング協議会よりカウンセラー認定を受ける。
ボランティアで面談及びメールのカウンセリングを開始する。
2004年 重度のうつ病を患いそれまでの仕事を退職。 一年間かけてうつ病を克服する。
2012年 障がいを持った方々が集う作業所に支援員として就職。

2016年 カウンセリングルームを開くため、作業所を退職。
2016年9月 カウンセリングスペース Healing Forestオープン


幼い頃はとにかく体が弱く、病院と縁が切れない子供でした。
生まれた当初は「3年は生きられないだろう」と言われていたようですが、半世紀生きて来ています。

ちょっとしたことで扁桃腺が腫れては高熱を出し…
そういう事が月に何度かは必ずあるような感じでした。

また、手足の爪に特殊な奇形の病気を生まれつき抱えており、その原因を探るために大きな病院、東京周辺のあらゆる大学病院などを回り、入退院を繰り返していたようです。
(本人にはその記憶があまりありません)

結果的にはこの爪の病気の原因は分からず、今でもこの爪と付き合っています。
この爪は、私の人生において大きな影響を与えています。

まず、すぐに化膿するんです。
普通の人でいう「ひょうそう」というモノと同じような症状で、一度化膿し始めると指先全体が熱を持ち、腫れあがり、とにかく痛いんです。
痛みで眠れないんです。

指先って神経が集中しているので、痛み止めを飲んでもあまり効かないんですね。
両親が一晩中、代わる代わる熱を持っている指先を氷などで冷やしつつ、「痛い」だけを繰り返す私を看病してくれたことはおぼろげながら覚えています。

それが3日間ほど続き、爪先から膿が出ると痛みも引くんです。

これは骨の成長が止まる10代の後半頃までは大体、月に2~3回発症し、50歳を超えた今でも年に何度か発症しています。

この爪はまた、他の子供が普通に出来る事が出来なかったりする原因ともなり、それが子供の頃から私に大きなプレッシャーを与えていたことは確かで、それが結果として「良い子」でいるようにしなければならない、 と幼いながらに自分を仕向けていたように思います。

例えば、壁にぺったりと張り付いたセロテープがはがせません。
つるつるの床に落ちた硬貨を拾うことが出来ません。
なので今でも、レジなどでお釣りを受け取る時、落とさないようにしなくてはといつも緊張するんです。

この爪が元でいわゆる「いじめ」のようなモノを受けた時期もありました。
見た目、明らかに人と違う形をしているので、子供の頃は格好の標的でした。

学生時代は「良い子」で居たがために、周囲の友人達とも本当の意味で打ち解けられず、自分を追い詰めてしまったこともありました。
(もちろん、バンド活動など楽しかったこともありましたが)


「何でこんな爪で生まれてきたのだろう」
「何でこんなに苦しい想いをしてまで、生きていなければならないんだろう」

色々な事をして育ててくれた両親に対して、感謝の気持ちを持つ反面、何でこんな体で生んでくれたんだ、という気持ちも持っていました。
漠然とですが、自殺を考えた時期もありました。

20歳を迎えた頃、幼い頃からずっと私の爪を診て下さった医師にこんなことを訊きました。

「この爪は遺伝しますか?」

答えはこんな内容でした。

「正直、分からない。半々…としか言えないね」

そう言われた時、自分がこの先結婚して子供が生まれた時、もし私と同じ病気を持って生まれてきたら…

そう考えた時、私にはその痛みや苦しみが理解出来るから大丈夫、という想いとけどその痛みや苦しみを実際に味わうのは子供自身。
私がしてきた悲しみや苦しみを経験させたくはない、という想いが交錯し、結果として自分は結婚出来ないな、と思うようになりました。

そんな風に自分の存在というモノに否定的な「自分」がココロの中に住み続け、それは社会人になっても変わらず、「アダルトチルドレン」という概念を知るまで「生きづらさ」を感じる事は続きました。

私のアダルトチルドレン・うつ経験

振り返れば子供の頃から「親に迷惑を掛けてはいけない」「周りに迷惑を掛けてはいけない」「周りの人たちを楽しませなければいけない」と 強く思っていたように思います。

常に病院通いが付いて回っていたためか、それが両親にとって負担になっている、と思っていた部分もあったんでしょう。
そこから「迷惑を掛けてはいけない」とか、学校に上がる頃には良い成績を取ると両親が喜ぶことを知り、 その事ばかりに集中するようになりました。

迷惑を掛けない=大人に媚びるという部分もあったため、オトナ受けは良かったものの、子供同士の付き合いは苦手だったように思います。

そのため、小学校を卒業したらそこで付き合いは終わり、中学を卒業すればやはり付き合いはそこまで、高校を出た後は東京に出たため 友達と連絡を取ることもせず…

そのたび人間関係が途切れたり、その途中でもいじめなどを受けて人間関係がうまく行かないことは多々ありました。
(登校拒否もしましたが、それも親に迷惑を掛けるという想いから長くは続けられませんでした)

何だかよく分からない息苦しさ、学校に居ても家に居ても社会に出ても感じていた居心地の悪さ。
しかしそれらはみんな「自分が悪い」と思い込んでいた事、 そんな「生きづらさ」をいつも感じながら、それでも毎日を生きなければならないのがつらかった…

それが「アダルトチルドレン(AC)」のためだった事を知るのは、だいぶ後の事になります。

きっかけは、私が30代を目前にした頃でした。

当時の私は、とある小さなお店の店長をしておりました。
小さなお店ではあったんですが、全国チェーン店で規模は大きく、他店との競争もあり、毎日の売上を確保すべく忙しい毎日でした。

開店前の朝9時から閉店後の夜9時以降まで、休日はタイムカードを切らずに出勤して仕事して…という日々が2年くらい続いたでしょうか。

ある日、帰宅すると同時に玄関先で倒れてしまい、そのまま救急車で病院へ。
入院となった訳なんですが、色々な検査をしたものの、胃に少しの具合悪さがあっただけで、他に異常は無し。

2週間ほどで退院出来たのですが、仕事に復帰する事は出来ませんでした。

まず朝、目が覚めてもカラダが動かない。
何より、それまであった「やる気」が起きない。
結果、仕事を退職しました。
今になって思い返してみると、抑うつ状態だったのかも知れませんね。

こうして私はアダルトチルドレンと出会いました。
体を壊して入院をし、退院してきた後もカラダもココロもいう事を聞かずに仕事を辞め悶々と過ごしていた時、インターネットを通じて 「アダルトチルドレン」というモノを知りました。

そこに書かれていた内容を見た時「これは自分の事だ」と感じて以来、アダルトチルドレンについて色々と調べたり、同じような想いを 抱えている方々とネットなどで語り合う事を続けて来ました。

そこで自分の事を話し、相手の話を聴く事を続けて来たことによって少しづつ、ココロが癒されていく事を実感しました。
そこから自分自身の「ココロ」と向き合う中で、心理カウンセリングというモノの存在と出会いました。

しかしその10年後、30代の終わり頃、アダルトチルドレンからの回復途上の中、当時とても大切にしていた人間関係が破たんしてしまい 「うつ病」を発症しました。
まだ現実世界の中では「良い子」を続けてしまっていたんですね。

車の運転中に嫌な思い出がフラッシュバックのように思い起こされることがあり、身の危険を感じるとともにドクターストップも掛かったため、やはりこの時も仕事を辞めざるを得ませんでした。
それから約一年、ほぼ寝込むことになります。

病状は坂道を転げ落ちるようにどんどん悪化し、何をするのも面倒くさくなり、食事をするのもTVを観るのも面倒、トイレすらもギリギリまで我慢して限界になって初めてベッドから起き出して這って行くような 時期もありました。

私にとって助けとなってくれたのは、こんな私でも見捨てずに話を聴いてくれる友人がいた事でした。
これが結果的に一年ほどで社会復帰出来るようになった一因になりました。

ここでもやはり「悩みを話す」事の大切さを知ることが出来ました。

「カウンセラー」として生きる

倒れる前の自分の仕事状況を振り返って、部下たちとの意思疎通が出来ていなかった、むしろ嫌われていた店長で、コミュニケーションの取れていない、人間関係が全く築けていなかった店長だったな、と思いました。

カウンセリングというモノは、そういう自分の「ココロ」と向き合い、「ココロ」を良い方向に向けてくれるもの、そんな風に考えていました。

そこでカウンセリングとかカウンセラーというモノについていろいろと調べてみたんですがそこで色々と目にし、耳にした事は、カウンセラーの悪評でした。

「暴言を吐かれた」「行くたびに言われる事が違う」「かえって悪化した」…

もちろん、そんなカウンセラーというのはごく一部にしか居ない、と思う一方で、 そういうカウンセラーもいるのか、という事実も知る事が出来ました。

現実問題として、私自身も重度のうつ病を経験し、一年ほど仕事が出来なかった中で当時、私の地元にあったカウンセリングルームを訪れたのですが、やはりそこでの カウンセリングというモノは私が調べたモノとはほど遠く、これでは良くなるモノも良くならない、という事を実際に体験しました。

自分のこれまでの経験が誰かの役に立てるなら…
それなら、自分で学んでみよう、そして、自分と同じように悩みを抱えている方々のチカラになれるよう、頑張ってみよう、そんな風に思い立ち、カウンセリングを学び、 実践を始めて20年以上、今に至ります。

この間、アダルトチルドレンを自覚する方やそれに気付かず苦しんでいる方、そのために長い間「うつ病」と闘っている方など、様々な方々のお話を 聴く事によって、何故自分がそうなってしまったのか、何故その苦しみが今も続いているのかといったココロの中にある「悩み」や「苦しみ」を「話す」ことで回復して行ける事、 そしてそのお話を聴く事でその方が回復していく様子を目の当たりにして、ACやうつで悩み苦しんでいる方々のお役に立てることを 実感する事が出来ました。

これまでに、ボランティアで面談カウンセリングを行ないながら、同時にメールでのカウンセリングについてはこれまでに数千通のご利用を頂いております。

これまでのカウンセリングの中で、感謝の言葉を頂いたこともありますし、お叱りやクレームを頂いたことも多々あります。

それらすべてが私の中で「糧」となり、カウンセラーとして成長させてくれています。
そして何より「ココロが軽くなりました」という言葉と笑顔を見る時が、カウンセラーとして一番うれしく、やってきて良かったと思える瞬間です。

一人でも多くの方の「笑顔」を見るために、精進しています。

これまで、販売業、派遣での工場勤務、そして知的障がいを持った方々の支援業務と、様々な仕事の現場を経験して、それぞれの中に存在する人間関係や仕事の難しさ、 そこで働く方々の抱える苦悩などとも向き合い、またそこで自分がそういった問題とどう向き合って来たかという経験も、カウンセリングの中で活かせると思っています。

特に福祉の現場で働いている方々、障がいを持った方のご家族やその周辺の方々のお立場等は支援や介護等を含めて良く理解しておりますので、様々なご相談に対応出来ると思います。

みんなが幸せになるために

世の中に人が居る限り、「悩み」というのも尽きない、それによってココロが苦しくなったり、ココロを病んでしまったりする人も減らないと思います。

理想を言えば、カウンセラーなんていう職業は将来的にはなくなれば良い、そんな風に思っているんですが、現実的にそれは難しい事でしょう。

むしろこれからはより、人間関係は複雑化し、その軋轢の中でココロを病んでしまう人はもっと増えてくるでしょうし、その対応も難しくなってくることでしょう。

そういった方々の一人でも役に立てるよう、ココロの元気を取り戻して頂けるよう学び続け、体が動く限り現場で一人でも多くの皆様と向き合っていきます。

そして、アダルトチルドレンで生きづらさを感じる方が少しでも減るようになり、人間関係が円滑になって 最終的には自殺する人が一人でも減っていくような世の中にしたい。

栃木の自殺者数ゼロを目指してカウンセリングを行なっていきます!

そんな世の中を目指して、カウンセラーとしてこれからも活動していきます。

これまでに行なったカウンセリング件数は1,000件以上、メールカウンセリングは3,000件を超えています。
その経験の中でも、様々な事をカウンセラーとしても学ばせて頂き、新たなクライアント様に還元しています。

ですがカウンセラーは生涯勉強、生涯精進  ゴールは無いモノと思っています。

皆様のココロに耳を傾け、お話を聴かせて頂きながら皆様のココロに寄り添い、これからも更に学び続け、一人でも多くの方のお役に立てれば幸いと思っております。
どうぞお気軽に、悩みや愚痴など、ここで吐き出してココロを楽にしていって下さい。

「誰にも話せない悩みを抱えているあなたに、その悩みを『話す(放す)勇気』を持ってもらえたら…」
そんな想いを込めて書きました

心理カウンセリングに対する疑問や不安を感じている方はぜひ、スマホやタブレットにダウンロードしてご一読ください

「読むだけで変わる、カウンセラーからの10の質問」

会社名 カウンセリングスペース Healing Forest
代表者名 須藤 勝則
住所 〒322-0026 栃木県鹿沼市茂呂2526-5-202
電話番号 080-4125-4916
業務内容 ・アダルトチルドレン・うつ克服、人間関係・コミュニケーション改善を中心とした心理カウンセリング
・面談、メール、LINE・Skypeによるココロの支援
・コミュニケーション改善セミナー、講演など


お問い合わせ

icon 電話番号080-4125-4916
ご不明な点がございましたら、まずはお気軽にご相談下さい。
→メールでのお問い合わせ


ページトップに戻る